2011年12月28日
沖縄の人々
2泊しかいなかったので、
それほど多くの人と接したわけではありませんが
沖縄の人はのんびりしていて優しい人が多かったです。
食堂へ入っても、喫茶店へ入っても、
市場を歩いていてもそれは感じました。
もちろん全ての人がのんびりしているとか良い人であるとか
美化するつもりはありませんが、
このあたりも沖縄が人を惹きつける要因なんでしょうね。
今回は町並みや歴史を知ることが目的で
あまり多くの人と接することはできませんでしたが、
次回はもっとたくさんの人と接したいと思います。
それほど多くの人と接したわけではありませんが
沖縄の人はのんびりしていて優しい人が多かったです。
食堂へ入っても、喫茶店へ入っても、
市場を歩いていてもそれは感じました。
もちろん全ての人がのんびりしているとか良い人であるとか
美化するつもりはありませんが、
このあたりも沖縄が人を惹きつける要因なんでしょうね。
今回は町並みや歴史を知ることが目的で
あまり多くの人と接することはできませんでしたが、
次回はもっとたくさんの人と接したいと思います。
Posted by koro657 at
04:13
2011年07月21日
沖縄の町並み
沖縄の町並みは独特のものがありました。
高層ビルは少なく、低層の石造りの家が目立ちます。
どこか南国風というか、明るい色の家屋が目立ちました。
タイへ行ったことがあるのですが、町並みが似ているように感じました。
マンションやビジネスビルもよくみると、少し違います。
暗い色のビルはほとんどなく、
通気のためか穴があいたブロックのようなものが目立ちました。
あれ、なんて言うんだろう??
また、アールを使ったビルも目立ち、どこか違います。
びっくりするような派手な看板や、奇抜なデザインのビルも、
この町にあると何故か溶け込んでしまいます。
路地へ入ると、赤瓦屋根の昔ながらの家屋が。
石造りの家に「○○マーケット」とペンキで書かれたお店も
渋かったです。
こういった町並みや建築物も沖縄の魅力のひとつだと感じました。
高層ビルは少なく、低層の石造りの家が目立ちます。
どこか南国風というか、明るい色の家屋が目立ちました。
タイへ行ったことがあるのですが、町並みが似ているように感じました。
マンションやビジネスビルもよくみると、少し違います。
暗い色のビルはほとんどなく、
通気のためか穴があいたブロックのようなものが目立ちました。
あれ、なんて言うんだろう??
また、アールを使ったビルも目立ち、どこか違います。
びっくりするような派手な看板や、奇抜なデザインのビルも、
この町にあると何故か溶け込んでしまいます。
路地へ入ると、赤瓦屋根の昔ながらの家屋が。
石造りの家に「○○マーケット」とペンキで書かれたお店も
渋かったです。
こういった町並みや建築物も沖縄の魅力のひとつだと感じました。
2010年12月25日
名護のメインストリートは・・・
さあ、お腹はいっぱい。
男3人揃えば夜の街へ繰り出したくなります。
地図であらかじめ調べておいた名護の繁華街へ。
しかし、これが驚くほど寂れていました。
まさにシャッター通り。
沖縄は車社会なので、国道沿いのお店に客足を奪われてしまったのでしょうか。
コザもそうでしたが、ちょっと寂しいです。
その裏手にネオン街があったのですが、ここも人はまばら。
結局、スナックのような店で飲んでホテルへ戻りました。
スナックと言ってもどこか家庭的な雰囲気の良い店でした。
ああ飲みすぎた・・・。
このホテルは大浴場がないので風呂は順番です。
じゃんけんで負けて私は最後!
いつのまにか眠ってしまいました・・・。
男3人揃えば夜の街へ繰り出したくなります。
地図であらかじめ調べておいた名護の繁華街へ。
しかし、これが驚くほど寂れていました。
まさにシャッター通り。
沖縄は車社会なので、国道沿いのお店に客足を奪われてしまったのでしょうか。
コザもそうでしたが、ちょっと寂しいです。
その裏手にネオン街があったのですが、ここも人はまばら。
結局、スナックのような店で飲んでホテルへ戻りました。
スナックと言ってもどこか家庭的な雰囲気の良い店でした。
ああ飲みすぎた・・・。
このホテルは大浴場がないので風呂は順番です。
じゃんけんで負けて私は最後!
いつのまにか眠ってしまいました・・・。
2010年07月24日
嘉瀬ビーチパレス
今帰仁城を出てから、友人の希望でパイナップル園へ。娘さんへのお土産です。
チケットがいるのかな、と思いましたがお土産コーナーだけなら無料で入れました。
私もキーツマンゴーを実家へ送りました。
結構高かったです・・・。
さて、お土産を購入してから本日の宿泊先へ。
嘉瀬ビーチパレスという名前のホテルです。
その名の通り、ビーチの横に建っていました。
昨日のホテルよりやや小さいものの、ロビーは落ち着いた雰囲気。
部屋は洋室で、窓からはビーチが見えて眺めは抜群。テラスもありました。
夕食は1階の居酒屋に決定。
窓際の席はカップルで埋め尽くされています。
デートには最適の場所だと思います。
テーブル席に座り、ビールで乾杯!
海ぶどうの握りや、ソーキなどをたらふく食べました。
チケットがいるのかな、と思いましたがお土産コーナーだけなら無料で入れました。
私もキーツマンゴーを実家へ送りました。
結構高かったです・・・。
さて、お土産を購入してから本日の宿泊先へ。
嘉瀬ビーチパレスという名前のホテルです。
その名の通り、ビーチの横に建っていました。
昨日のホテルよりやや小さいものの、ロビーは落ち着いた雰囲気。
部屋は洋室で、窓からはビーチが見えて眺めは抜群。テラスもありました。
夕食は1階の居酒屋に決定。
窓際の席はカップルで埋め尽くされています。
デートには最適の場所だと思います。
テーブル席に座り、ビールで乾杯!
海ぶどうの握りや、ソーキなどをたらふく食べました。
2010年04月10日
今帰仁城跡
さて、この日最後に向かったのは今帰仁城跡。
ガイドブックによると、琉球にも戦国時代のような時期があり北山、中山、南山の3勢力があったようです。今帰仁城は北山だったそうです。ちなみに古宇里島も北山の領土だったそうです。
私ともう一人の友人は城跡を巡るのが好きなのですが、もう1人の友人はあまり興味がありません。でも無理やり連れて行きました(笑)
はじめに資料館のようなところをみたのですが、あまり充実していませんでした。
なんでもっと充実させないのかな?
と思ったのですが、その理由はあとでわかります。
資料館を出た私たちは、城跡へと向かいました。
ここで、石垣の美しさに感動してしまいます。
沖縄の城跡にある石垣はどこも曲線で、イメージとしては中国の万里の長城のようです。
城跡に興味がなかった友人は中国に駐在していた経験があるので、少し興味がわいたようです。
しかし、ここにも天守の説明がない・・・。
これはおかしいと思って、係りの人に聞いてみると沖縄では天守自体がなかったのだそうです。考えてみれば首里城も中国風で天守はないですもんね。どちらかというと故宮のようなイメージ。
もちろん本殿はあったそうなのですが、記録が残っていないそうなのです。
だから資料館にもそういった模型や絵がなかったんですね。
納得です。
それでも石垣だけでも一見の価値は在ると思いますよ。
ガイドブックによると、琉球にも戦国時代のような時期があり北山、中山、南山の3勢力があったようです。今帰仁城は北山だったそうです。ちなみに古宇里島も北山の領土だったそうです。
私ともう一人の友人は城跡を巡るのが好きなのですが、もう1人の友人はあまり興味がありません。でも無理やり連れて行きました(笑)
はじめに資料館のようなところをみたのですが、あまり充実していませんでした。
なんでもっと充実させないのかな?
と思ったのですが、その理由はあとでわかります。
資料館を出た私たちは、城跡へと向かいました。
ここで、石垣の美しさに感動してしまいます。
沖縄の城跡にある石垣はどこも曲線で、イメージとしては中国の万里の長城のようです。
城跡に興味がなかった友人は中国に駐在していた経験があるので、少し興味がわいたようです。
しかし、ここにも天守の説明がない・・・。
これはおかしいと思って、係りの人に聞いてみると沖縄では天守自体がなかったのだそうです。考えてみれば首里城も中国風で天守はないですもんね。どちらかというと故宮のようなイメージ。
もちろん本殿はあったそうなのですが、記録が残っていないそうなのです。
だから資料館にもそういった模型や絵がなかったんですね。
納得です。
それでも石垣だけでも一見の価値は在ると思いますよ。
2010年02月06日
古宇里島
腹ごしらえがすんだあとは古宇里島へ向かいました。
ここも知人がおすすめしてくれた場所です。
さすがに疲れてきたので友人に運転を交代してもらいました。
古宇里島は静かな島だったそうなのですが、大きな橋で本島とつながったことから観光客も訪れるようになったんだとか。住民の方にとっては複雑かもしれませんね。
大きな橋からはエメラルドグリーンの見事な海と、小さな島(岩?)が見えて、壮観でした。知人曰く車が多いとのことでしたが、それほど車通りは多くありませんでした。ブームが去ったのかな??
島へ着くとすぐに大きなドライブインがありました。そこから島をぐるりと回ったのですが、目に付いたのが屋台風のお店。島はそれほど広くなく30分ほどで一周できます。その間にも屋台風のお店が7~8軒はあったと思います。「うに丼」を食べさせてくれるようです。
古宇里島は男同士よりもカップルやファミリーで行くのがおすすめです。
ここも知人がおすすめしてくれた場所です。
さすがに疲れてきたので友人に運転を交代してもらいました。
古宇里島は静かな島だったそうなのですが、大きな橋で本島とつながったことから観光客も訪れるようになったんだとか。住民の方にとっては複雑かもしれませんね。
大きな橋からはエメラルドグリーンの見事な海と、小さな島(岩?)が見えて、壮観でした。知人曰く車が多いとのことでしたが、それほど車通りは多くありませんでした。ブームが去ったのかな??
島へ着くとすぐに大きなドライブインがありました。そこから島をぐるりと回ったのですが、目に付いたのが屋台風のお店。島はそれほど広くなく30分ほどで一周できます。その間にも屋台風のお店が7~8軒はあったと思います。「うに丼」を食べさせてくれるようです。
古宇里島は男同士よりもカップルやファミリーで行くのがおすすめです。
2009年05月16日
道の駅でタコライスを食べる
金武町、コザと見て周り、基地の門前町の現状が少しだけですが理解できました。
せっかくですから金武町でタコライスを食べればよかったのですが、3人とも暑さでまいってしまいジュースばかり飲んでいました。
車を走らせると道の駅を発見。そこで、食事をしようとしたのですがなんとレストランが改装のため休業中!
ついてない・・・。
気を取り直して2階の喫茶店へ。
運が良いことにタコライスがありました!
タコライスを食べるのははじめてでしたが
正直にいうと
あまり好みではありませんでした・・・。
タコスのほうが美味しいですね。
この喫茶店(道の駅)は2階にあり、テラス席から海を眺めることができました。
テラス席でボーっと海を眺めていると、仕事のことなど悩みなんてどうにでもよくなってきます。
せっかくですから金武町でタコライスを食べればよかったのですが、3人とも暑さでまいってしまいジュースばかり飲んでいました。
車を走らせると道の駅を発見。そこで、食事をしようとしたのですがなんとレストランが改装のため休業中!
ついてない・・・。
気を取り直して2階の喫茶店へ。
運が良いことにタコライスがありました!
タコライスを食べるのははじめてでしたが
正直にいうと
あまり好みではありませんでした・・・。
タコスのほうが美味しいですね。
この喫茶店(道の駅)は2階にあり、テラス席から海を眺めることができました。
テラス席でボーっと海を眺めていると、仕事のことなど悩みなんてどうにでもよくなってきます。
2009年05月01日
コザ
さて、金武町を跡にした私たちは、次にコザへ向かいました。ここも基地の町で、かつては国際通りをしのぐほどの賑わいだったといわれています。現在ではコザではなく、沖縄市が正式名称。
コザでははじめ、コザ十字路へ。このあたりはかつての繁華街。映画館の廃墟や、人通りのない銀天街というアーケード。そして歓楽街。
本島でいえば、下町の盛り場といった雰囲気の町でした。
古い建物は少なく、あまり活気はないようです。でも、そこがまた哀愁を誘うんですよね。
さて、ここからパークアベニューへ。パークアベニューは元々米軍向けの歓楽街としてつくられた町で、現在はショッピングロードになっており、沖縄のガイド本でもよく紹介されています。しかし着いて驚きました。町並みは綺麗になっているのですが、あまり活気がないのです。すぐ横には昔ながらのアーケードがあり、こちらは完全なシャッター通り。アーケードを進み、空港通りへでると途端に横文字看板が増え、米兵の姿も目に付くように。そこには、金武町でみたようなアメリカンな町並みが広がっていました。
コザでははじめ、コザ十字路へ。このあたりはかつての繁華街。映画館の廃墟や、人通りのない銀天街というアーケード。そして歓楽街。
本島でいえば、下町の盛り場といった雰囲気の町でした。
古い建物は少なく、あまり活気はないようです。でも、そこがまた哀愁を誘うんですよね。
さて、ここからパークアベニューへ。パークアベニューは元々米軍向けの歓楽街としてつくられた町で、現在はショッピングロードになっており、沖縄のガイド本でもよく紹介されています。しかし着いて驚きました。町並みは綺麗になっているのですが、あまり活気がないのです。すぐ横には昔ながらのアーケードがあり、こちらは完全なシャッター通り。アーケードを進み、空港通りへでると途端に横文字看板が増え、米兵の姿も目に付くように。そこには、金武町でみたようなアメリカンな町並みが広がっていました。
2009年03月17日
金武町新開地キャンプハンセンゲート前
金武町は基地がある町です。キャンプハンセンという基地の前には金武町新開地という歓楽街が広がっているそうで、そこを見学するのが目的です。なんでもタイコライスの発祥の地なんだとか。
国道を走っていると「金武町社交街」という看板が見えてきました。「ここか・・・」。しかし、坂があるだけで回りはマンションや住宅。
とにかくくるまで上っていくと、やがて「HOTELTOKYO」など横文字看板が目立ってきました。やがて、周囲はバーやダンスホールばかりに。このあたりは金武町新開地の中心街のようです。
う~ん、凄い。
横文字であることもさることながら、なんていうか昭和です。昭和の歓楽街といったイメージがぴったりの低層建築がずらりと並ぶ様は壮観でした。本州にあるような雑居ビルはほとんどありません。
夜は一体どんな雰囲気になるんだろう???
国道を走っていると「金武町社交街」という看板が見えてきました。「ここか・・・」。しかし、坂があるだけで回りはマンションや住宅。
とにかくくるまで上っていくと、やがて「HOTELTOKYO」など横文字看板が目立ってきました。やがて、周囲はバーやダンスホールばかりに。このあたりは金武町新開地の中心街のようです。
う~ん、凄い。
横文字であることもさることながら、なんていうか昭和です。昭和の歓楽街といったイメージがぴったりの低層建築がずらりと並ぶ様は壮観でした。本州にあるような雑居ビルはほとんどありません。
夜は一体どんな雰囲気になるんだろう???
Posted by koro657 at
01:01
2009年03月05日
ひめゆりの塔と豊見城村. 旧海軍司令部壕
さて、翌日は朝7時半に起床。風呂はやめて、コンビニでサンドイッチを購入。部屋でもぐもぐと食べました。クーラーをかけて寝たため少し体調が悪い。友人は喉が痛いと言っていました。
ホテルをチェックアウトして向かった先はひめゆりの塔。時間の関係でここは外だけ見ました。説明版や、他のグループと一緒にいたバスガイドさんの説明をちゃっかりと聞きました。
そして、豊見城村にある旧海軍司令部壕へ。豊見城村といえば元オリックスにいた石嶺選手の母校を思い出します。こちらでは城を「くずく」と読むんですね。
この壕は凄かったです。
ほぼ当時のままで残っています。
司令室や医務室など、ただの洞穴のようなところに司令部があったんですね。
1時間ほど見学して、次の目的地金武町へ。
ホテルをチェックアウトして向かった先はひめゆりの塔。時間の関係でここは外だけ見ました。説明版や、他のグループと一緒にいたバスガイドさんの説明をちゃっかりと聞きました。
そして、豊見城村にある旧海軍司令部壕へ。豊見城村といえば元オリックスにいた石嶺選手の母校を思い出します。こちらでは城を「くずく」と読むんですね。
この壕は凄かったです。
ほぼ当時のままで残っています。
司令室や医務室など、ただの洞穴のようなところに司令部があったんですね。
1時間ほど見学して、次の目的地金武町へ。


